科学についての格言

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情報とは、体の中に入り込んだら、全て電気信号と化学物質
に置き換えられて伝わっていきます。
情報とは、電気信号化学物質のことなんです。






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(以下は「自分探しの旅 with マーキー」より)



科学とは、自然界を人間の偏見でもって解釈、あるいは
説明しようとする一つの方法論に過ぎない。



宗教が一つの偉大なる?偏見であることと全く同じように、
科学も一つの偉大なる?偏見に過ぎない。



科学は、誰でもが同じ一つの偏見に辿り着ける可能性を秘めています。



ミクロの原子の中って、この太陽系よりも隙間だらけなんです!



僕たちの身体や地球、そして宇宙に存在する全ての物質が、元はと言えば、これら(素粒子
を組み合わせただけでできあがっているわけなんだ。しかも、全ての物質
を構成するために使われている力は、今のところたった4つだと考えられています。



実証できなければ単なる信念に過ぎないんです。
現代科学と古代哲学の最も大きな違いはこの点でした。



ええーっ、現代科学は、ついに宇宙を支配していた
究極の単位を発見しちゃってるんだ、すごいなあ!



僕たちが自分探しの旅で一番学ぶべきものは、安易に他人のいうことを
鵜呑みにしない、その科学者たちの疑い深い態度なんです。



科学的自然解釈方法を推し進めている昨今、
真理とはその結論(データーや法則)のことです。



科学は安易に仮説を信じ込むような愚かな真似をしない。
誰が見ても同じ納得がいく客観的な答えを導き出してくれて、誰でも
が同じ一つの見解に辿り着ける可能性を秘めている。



科学的自然解釈方法とは、自然そのものではなく、自然を言葉や数字に置き換
えているに過ぎないわけです。すでにそこで誤差が生じているわけです。



どんなにたくさんの言葉や数字を並べても、それは決して自然そのものにはな
り得ません。あなたを説明するのにたくさんの言葉や数字を用いても、それは
あなた自身ではないのと同じことです。



科学が僕たちに与えてくれた最大の功績、それが「全ての現象には原因がある
という真実です。



要するに、難しい名前の元素も、見方を変えれば、クォークや電子の数が違う
だけ、つまり中身を詰め替えただけ‥‥なんです。



僕たちの住むこのビッグバン宇宙は、始めに玉が突かれた強さや回転数や方向
性によって、ビッグバン宇宙としてのその後の性格の全てが決定づけられた。



どこまでも過去へとたどっていけば、僕たちのビッグバン宇宙を支配している
全ての法則、そして、それによってもたらされる全ての現象は、まさに
その瞬間(ビリヤードの玉が突かれた瞬間)に決定づけられたんです。



全ての原因をさかのぼっていくと、ある一時点では、
1856年の2月9日早朝に、ニュージャージー州のトーマスが眠い目を
こすりながら小屋の壁を修繕しようとして、誤って自分の指を金槌で打ちつけ
たからで‥‥などという原因も通過するかもしれません。



↑そんな話、信じられない! とあなたは言いますか?
それではご自分でいろいろな物事の原因をさかのぼってみてください。
どこかで途切れますか?



要するに、科学は、自然界の法則を利用して何かを作るためには
適した偏見だったということなんだ。



科学は物騒な兵器をたくさん作りはしたけれど、実は、平和に貢献す
る「ものの考え方」を示してくれてもいたわけなんだ。



結果的に見れば、この世の全ての現象は、宇宙で最初に玉が突かれた
時の、その瞬間の力と回転数と方向性によって必然的に決められていた。



神様や人間の能力では予測できないことを、僕たちは偶然の出来事と呼んでい
ます。だから、結果から見た時だけ必然‥‥としか言いようがないわけです。



量子論では、素粒子の位置や動きは無数の可能性が考えられると
説明します。と言うことは、勘違いしないでほしいのですが、
無数のことが起こったということではないのです。
起こったこと(結果)は、あくまでもその中の一つです。



未来を想像することも架空のレールを敷くこともできるけど、神様であっても、
僕たち人間であっても、決して未来を決定することはできないのです。



僕たちは、この宇宙にある全てのものを、勝手に生物と無生物に分けているけ
ど、本当は、単に組み合わされた過程で性質が異なってきただけの話で、それ
ほど違いがあるわけではなかったのです。



太陽も星も岩も土も海も川も草も人間も‥‥みんなみんな同じ物‥‥、みんな
ビッグバン宇宙の兄弟たち‥‥、時にはこんなすてきな考え方をしてみませんか?



人間だけが、宇宙で起こってしまっている現象に対して、いちいち「信じられ
ないほどの幸運」と感じてしまうだけなのです。それも自分の主観で‥‥。
これを人間の傲慢、あるいはご都合主義と言うのです。



いいですか? 生命誕生の偶然性は、決して箱の中で振り続けた部品が
時計になるようなでたらめな偶然性や、宝くじを当てようとするような
目的を持った偶然性ではありませんよ。



あらゆる自然のふるまいに意味はありません。
それに意味を見い出そうとするのは、人間の想像力というふるまいです。



さて、あなたの筋肉を動かしていた張本人は誰だったでしょうか?
答えは、カルシウムイオンだった、ということです。



「自分を知る」という意味は、
実は自分の脳を知るということでもあったんですよ。



勉強というのは固定観念を作るためのもの、という言い方もできると思います。



科学は限りなく次の言葉の証明に近づこうとしています。
「このビッグバン宇宙で起こっている全ての現象は、
刺激に対する反応の連鎖に過ぎない」



レゴが組み合わさって風車になれば、それは風を受けて回転するという
今までになかった性質を獲得します。
生命というのは、陽子や電子が組み合わされて獲得された一つの現象
に過ぎないのです。



科学が、試行錯誤の実験や注意深い観察を繰り返すことでつかんだ真理は、
この宇宙のあらゆる現象は、ビッグバンから始まった、刺激→反応→刺
激→反応‥‥
、の連鎖によって作られた物質の、物理・化学的な作用
によって起こる現象に過ぎないということでした。



ニューロンの軸索の先端部は、その標的(受容体またはレセプター)に向かっ
てアメーバーが這うようにして伸びていきますが、別に意志をもって伸びてい
るわけではありませんよ。



ニューロンは、なぜか他の体細胞のように細胞分裂して増殖しません。
どうしてかって?
そんなものに理由はありません。



記憶という作用により、脳内には受容器を通して外部から入ってくる刺激と同
じような反応をする刺激で溢れかえるようになりました。
これを「刺激の代用品」と僕は呼びます。



ところで、この意識思考という現象が生まれたことで、僕たち人間に
最も目を見張ることが起こりました!!
人類は、自分から意志を持って行動をしていると思い始めたのです!!



宇宙の基本的な構造は、全て刺激に対する反応である。



脳にはオーケストラを統率するような名指揮者がいるわけではない。
自我と言われるものが指揮者じゃないかって‥‥とんでもない!



僕たちは、バナナを記憶していると言うよりも、「バナナを見たときの
興奮(の痕跡)」を記憶しているのです。