についての格言

ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:
以下は(「世界を平和にしない愛」より)


愛とは、甘えたい欲求と甘えを許すことができる心
が出会った時に起こる「感情」である。



「愛」の本質は、「差別化する能力」である。



愛とは、自分の甘えを 許してくれる(満たしてくれる)対象
に出会った時に、あるいは許してくれそうな対象
に出会った時に、そのものに対して抱く感情。



愛こそ、理性でコントロールしなければならない、最も危険なものだ。



彼らが、いつも優しく耳元で「I love you.」と囁き続けていなければ
いられないのは、いつ契約が破られるか常に不安だからだ。




ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:
以下は(「詩人になる方法」より)



「愛してます」
 他のどんな詩の一千行からだって、
この一行ほどの衝撃を受けることはできないだろう。
「愛してます」
 幾千の詩をもってしても。
 ああ、「愛してます」だなんて。



愛は綺麗事などではなく、自分自身の心
を救うための最も利己的な行為だ。



 愛は自己を滅して他人に尽くすことではなく、
非常に利己的なものである。



愛とは「あなたが私に喜びや希望や、あるいは優越感や欲望を満た
せ続けてくれている間中、あなたに喜びや希望や、優越感や
欲望を満たせ続けさせてあげます」という契約に他ならない。



愛は確かに交換だが、ギブ・アンド・テイク
のような単純な交換とは決定的に違う。
愛は与える時に同時に与えられていて、
与えられると同時に与えているものである。



自分の中で愛のバランス(与えることと与えられることのバランス)
がとれている状態の時は、喜びは何十倍にも膨らむけれど、
そのバランスが少しでも崩れると、苦悩や憎しみや淋しさが
何十倍にも深まる。



あなたが愛する人にささやかなプレゼントをするその時、あなた
は同時に、愛する人の喜びをプレゼントされていることだろう。



母が子供に愛情を注ぐその時、母は子供から愛らしさ希望を与えられている。



見返りを期待して与えているというふうには、まったく思考が働かない状態で、
実に巧妙に無自覚に交換を行なっているものが愛なのだ。



冷静に判断すれば、やはり相手に与えるのは愛されたいためであり、
相手が自分に与えてくれるのは愛してほしいためである。



綺麗事の愛や綺麗事の詩は、自分を救う役には立たない。



形があるものは壊れます。
 形がないものは壊れません。
 では、愛は形があるのだろうか。
 いったいどんな形をしているのだろう。
 風船? 洗面器? 升‥‥? 容器ではなく、あるいは白い一枚の紙‥‥?
 彼の恋愛は、ある日突然届いた彼女の手紙で終わった。



彼の作る詩よりも生き生きとしたリアリティーをもって、
甘い匂いを放ちながら、彼女はそこに立っていた。




ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:
以下は(「アラスカの風に乗せて」より)



愛する人ができた今、僕には、もう、今の不自由な社会が嫌だからといって
自殺することなど不可能だった。
少なくとも僕を必要としてくれている人がいる限り、死ぬことなんてできない。



彼女も僕も、幼い頃から甘えることを罪のように感じる育てられ方をしてきました。
だけど、酒を飲んだ時だけは自分に素直になれ、互いに甘えることができたのに、
酒をやめた彼女は、もう誰にも甘えることはなくなってしまったのです。




ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:ai:
以下は(「レフュージ」より)



僕たちは離婚した。
 別れるために出会ったような二人だった。子供もいない二人には、かつて二人が
一緒に暮らしたことを証明する物は何もない。
見ず知らずの二人が一体何の目的で今まで一緒にいたのかと思うと、不思議で笑いそうになる。
そして少し悲しくなる。